支援利用者・支援者インタビュー

人の脳を無侵襲で探る
〜MRIで脳の働き、形、つながりを調べる〜

福永 雅喜

自然科学研究機構 生理学研究所 システム脳科学研究領域 心理生理学研究部門 准教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 准教授(兼任)

鍼灸師から、NIHでMRIの基礎研究へ

 福永雅喜・生理学研究所准教授は、MRI(磁気共鳴画像)の研究者だが、国家資格を持つ鍼灸師でもある。東洋医学の治療を通して人を助けられるようになりたいと、大学は4年制の鍼灸師養成課程で学んだ。MRIに出会ったのは卒業後、大学附属病院で研修している時だ。

 鍼は髪の毛ぐらいの太さしかない。患者への負担が少ないというメリットがある。それにもかかわらず、その治療効果を調べようと、太い注射針で採血するような手段では、何の影響をみているのかわからなくなってしまう。
 そのころMRIの装置を使って脳の働きを画像化するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)の研究が国内でも始まっていた。福永氏が当時在籍していた脳神経外科にも熱心な研究者がいたおかげで、指導を受けて鍼の効果をfMRIで調べてみることになった。「被験者に装置の中に入ってもらって、手をグーパーしてもらうだけで、脳の運動野に反応が出た。初めて実験に立ち会った時は、本当に見えるんだ、と驚きました」
 PET(陽電子放出断層撮影)でも脳の働きを見ることができるが、検査を受ける人に、放射性物質を注射する必要があった。MRIは、強い磁場の中で水素原子から発生する電磁波を検出して画像化するので、被曝のリスクなど被験者への侵襲なしに、装置に横になってもらうだけで体の中を見ることができるのが長所だった。
 博士論文(2000)では、鍼の効果や影響をfMRIで調べた。「鍼で刺激した時に、『痛い』とは異なる、心地よい『響き』を感じると治療効果が出やすいと言われています。その『響き』の感覚は、脳にどんな反応として表れているかなどを、MRIの中で実際に鍼を刺入して調べました」。
 まだfMRIも考案されたばかりだったので、自分たちで技術を改良しながら研究していた。そうするうちにMRIそのものを研究対象とするようになったそうだ。「まだまだ発展性があるのが魅力でした」。
 共同研究の相手だった米国立衛生研究所(NIH)に、世界で3台目の7テスラ(テスラは磁場の強さ)のMRIが導入されることになり、「興味があったら来ませんか」と誘いを受け、「このチャンスを逃すわけにはいかない」と2003年に渡米した。

7テスラの威力を発揮する

 磁場が強いほど分解能は上がる。当時、国内にはまだ3テスラの装置しかなかったが、7テスラなら1ミリ以下の分解能で脳の構造を詳しく探ることが可能になる。測定時間も短くなるので、被験者への負担もより小さくなる。
 しかし、7テスラは開発されたばかりで、期待されたような画像がすぐには得られなかった。MRIの基礎物理まで立ち戻って解析技術の改良や調整を繰り返し、数年がかりで性能を発揮させる作業に参加して経験を積んだ。
 2010年に帰国、大阪大学を経て、2014年に生理学研究所へ。ここで国内4台目の7テスラMRIの立ち上げを担当した。現在は、主にこの装置と2台の3テスラ装置を使って、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)の支援を手がけている。
 支援例の一つは、プロボクサーの脳の特定の運動回路が、試合1か月前から試合直前にかけて構造的に増強されることをMRIで確かめた群馬大学などのグループによる研究だ(Scientific Reports 2021年4月27日、図1)。試合前の減量で身体のキレがよくなるとされる経験則を、脳の変化としてMRIで捉えた。

図1 プロボクサーの脳における運動回路(被殻から第一次運動野[M1]が試合前に増強)

 研究代表者は麻酔科の医師で、脳機能をイメージングで解析する専門家ではない。「MRIを、どのように使って、データをどの方法で解析するか。研究デザインの段階から支援しました」と福永氏は言う。
 新潟大学などのグループが、遺伝性脳小血管病に、カンデサルタンという薬剤が有効なことを明らかにした研究(Journal of Clinical Investigation 2021年11月15日)では、薬剤の効果を実証するMRI画像(図2)の解析で、研究を支えた。
 「マウスの脳血流量を測りたい、という相談を最初に受けました。計測方法をアドバイスし、血流が改善されているという結果が一目でわかる画像を撮ることができました」

図2 脳小血管病のマウスは脳血流量が減少しているが、薬剤カンデサルタンを投与すると正常化することがわかる。

研究全体の中で、支援したのは一部だが、分子レベルの実験ではなく、生きているマウスの脳で薬剤の効果をずばり証明する画像を得ることができた。「おかげで論文の説得力が上がりました」と感謝されたそうだ。
 ボクサーの研究のように最初から関与するもの、マウスの薬剤効果のように一部の、しかし重要な画像を担当するなど、さまざまな形で支援を進めている。

さまざまな解析方法で支援「もったいないをなくしたい」

 臨床分野の医師たちにとっては、MRIを診断で利用することはあっても研究に使うための解析のトレーニングを受ける機会は限られている。神経科学、心理学などの分野の研究者も同様だ。
 そこで、ABiSでは脳研究のための画像解析を学べるチュートリアルも開いている。
 「紹介するのは、最先端の技術ばかりではありません。論文を読んでいるとすでに多くの人たちが使っている技術だけれども、自分たちはうまくできないことがあると困っている研究者も多いようです。そういった方々への支援も充実させ、MRIを使える研究者を増やしていきたい。そしてこの分野をもっと活性化させたいと思っています」
 昨年度は2回、各回2日間ずつ、講義と実習をみっちり行った。1回目は比較的初学者向け、2回目は少し高度なコースで演習が中心だ。最近では2百数十人もの参加があった。
 実際の支援では、脳の機能を見るfMRIのほか、脳の構造を定量的に計測するMRI、拡散MRIなど、さまざまな専門家グループが強みを生かして支援している。構造MRIは、脳の体積や面積、脳の表面の灰白質の厚さなどを計測し、病気によって変化するのを観察したり、特定の部位の体積が減ったりするのを見ることができる。
 拡散MRIは、水の拡散の様子を計測することで脳の神経束の走行の向きを知り、脳のある部位とどの部位がつながっているかを見ることができる。

 「もったいないをなくしたい」と福永氏は言う。
 例えば、福永氏らのグループでは、課題を解く時のfMRIを得意としている。課題は、心理学者や社会学者たちが、脳の働きをうまく解き明かせるように巧妙に設定する。「そこはできているのに、解析のハードルが高いという理由でつまずき、MRIをうまく論文に繋げられないのはもったいない」。
 ABiSの支援は、HPのフォームから申し込むだけなので、気軽に応募してみて欲しいと福永氏は話している。

(2022年6月13日インタビュー)

*感染対策を行い、取材・撮影を行いました。

福永 雅喜(ふくなが・まさき)
自然科学研究機構 生理学研究所 システム脳科学研究領域 心理生理学研究部門 准教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 准教授(兼任)

京都府出身。明治鍼灸大学鍼灸学部卒後、同大学院鍼灸学研究科修士課程修了、同博士課程修了。博士(鍼灸学)。2000年明治鍼灸大学助手。2003年米国NIH Visiting Fellow、2007年 同Research Fellow。2010年大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任助教を経て2014年4月から現職。

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